独唱(山村暮鳥 / 信長貴富)

無伴奏男声合唱曲集「じゆびれえしよん」より
5.独唱
詩:山村暮鳥 曲:信長貴富

かはたれの
そらの眺望(ながめ)の
わがこしかたの
さみしさよ。

そのそらの
わたり鳥、
世をひろびろと
いづこともなし。

 

『独唱』について

『詩歌』第2巻第12号(大正元年12月)にて発表。暮鳥の第1詩集『三人の処女』(大正2年5月・新声社)に収録。この詩は「SAGESSE」の「I 創造の悲哀」という章の1つ目の詩であり、『三人の処女』全体の中で一番はじめに収められている詩である。

 

解釈にあたって

語の意味を確認

かはたれ→明け方のこと

かわたれどき【かわたれ時】

《「彼 (か) は誰 (たれ) 時」の意。あれはだれだとはっきり見分けられない頃》はっきりものの見分けのつかない、薄暗い時刻。夕方を「たそがれどき」というのに対して、多くは明け方をいう。

出典『デジタル大辞泉』(小学館

*夕方の薄暗い時分のことをいう場合もあるが、現在の用例では明け方が普通。

こしかた(来し方)→通ってきた道

こしかた【来し方】

1 過ぎ去った時。過去。きしかた。
2 通り過ぎてきた場所・方向。

出典『デジタル大辞泉』(小学館

さみしさ→人の気配がなくてひっそりとしているさま。

いづこともなし→どこへというあてもなく。

いづこともなく【何処ともなく】

どこへというあてもなく。どことも知れず。
(いづこ+と+も+なし)

出典『デジタル大辞泉』(小学館

『三人の処女』刊行当時の作風

『三人の処女』について、神保治八は「全体として浪漫的抒情によって支えられている。その中には、ことば音楽ともいうべき美しい情緒の流れがある。(中略)感情を優位に、哀愁が発想となった抒情詩である。」と述べている。「独唱」もまさに抒情的な作品の一つであり、少年時代における淋しく悲しい生活への懐古の情と、自由への願望、また精神的に孤独だった暮鳥の想いが全面に出ている。また、詩集全体を貫く要素の一つに「陰影(かげ)」というキーワードもしばしば挙げられる。

解釈例

堀江(1994)の解説文を引用する。

夕方の空は詩人が過ぎてきた過去の道程である。まさに暮れようとして覚束ない空の眺望そのものが詩人の心象風景であり、それは自らの過去の寂しさであると同時に現在の寂しい心情が託された風景である。憂愁に閉ざされた詩人の孤独な姿が客観される。
第二連には、詩人の孤影と対象的に渡り鳥が点描される。空は夕暮れの寂しさをたたえているが、その空を渡っていく渡り鳥は、「世をひろびろと」見下ろし、いずこともなく渡って行く。「世をひろびろと」というのはまた、囚われずに自由に生きる、ということでもある。そのようなありようへのあこがれが託されている。その渡り鳥もすぐ夜の闇に閉ざされる存在ではあるが、大空を飛ぶ鳥には、憂愁に閉ざされ、囚われた詩人にはないひろやかな視点と自由がある。
「わがこしかた」の寂しさからの脱却、囚われない、自由へのあこがれがうたわれ、それはまた詩人の「さびしさ」を際立たせるという関係にあり、序詩としてこの詩集全体を暗示する。

出典:『山村暮鳥の文学』(筑波書林)

田中(1988)はこう述べている

「かはたれ」に重ねて、「わがこしかた」を「さみしさよ」と歌わずにはいられないこの時点における過ぎこしかたの眺望と、しかも「世をひろびろと」というとおり開けたところに立ちながら「いづこともなし」とまだ行くべきところが明確に見えていない青年の内面が重ねられていると読める。

出典:『山村暮鳥』(筑摩書房

 

楽譜を読む

今回は詩の流れ方に注目してみる。(便宜上すべてひらがなで表記した。)

かはたれの
そらのながめの
わがこしかたの
さみしさよ(わが)
さみしさよ

そのそらの(その)
わたりどり
ひろびろと
よをひろびろと
いづこともなし

かはたれの
そらのながめの(わが)
さみしさよ
わがこしかたの
さみしさよ

※()内は対旋律的に歌われている歌詞

全体としては、第1連→第2連→第1連という構成で使われている。

注目したいのは、第1連での「さみしさよ」という言葉の繰り返し方や、第2連での「ひろびろと」という言葉の繰り返し方である。この曲の場合、同じ言葉をニ度繰り返すときのダイナミクスに規則性があるので、歌う時には十分気をつけたい。

曲についての補足

最後にほんの少しだけ楽典的な部分も書いておきたい。

音楽用語

まず、Aのところに書かれている音楽用語は、速度標語の”Larghetto”(ラルゲット)。意味は「Largoよりやや速く」である。

Largoは速度標語として「ゆるやかに」といった訳があてられることが多いが、イタリア語の意味としては「幅が広い」というような意味である。

Largoの「ひろびろと」した雰囲気を保ちながら旋律の横の流れも大切にした演奏が望まれるのではないかと思う。

*このあたりについてこちらのブログに非常に詳しく書かれていたのでリンクを貼らせて頂く。


tomo110td5.blog.jp

表現について

曲全体を通してダイナミクスの変化がかなり多く、特に「短いcresc・dim」が多用されているのが特徴的である。また、言葉の区切れでスラーが切れるように書かれているのも重要なポイントではないだろうか。

詩からは物悲しさを感じるが、曲はAメジャーで終始明るめに進行していくのであまり暗くなりすぎないほうがいいだろう。

 

以上で、無伴奏男声合唱曲集「じゆびれえしよん」より『独唱』の解説を終わる。

(2018.7.28 最終更新)