貧賤抄(山村暮鳥 / 信長貴富)
無伴奏男声合唱曲集「じゆびれえしよん」より
2.貧賤抄
詩:山村暮鳥 曲:信長貴富
詩
こがらし
こがらし
ひかりきらめくめ
いのちのめ
あみをはるのめ
こがらしのなかのめ
ひとつめ
そのつぶらめ
にくたいのくりすますに
これがにくしみのおくりものだ。*”くりすます”には傍点がつく
『貧賎抄』について
『新潮』第24巻第4号(大正5年4月)にて発表。詩選集『穀粒』(大正10年7月・隆文館)の中の「昼の十二時その他」に収録。『山村暮鳥全集』(平成2年・筑摩書房)では「拾遺詩篇」として収録されている。
詩を読む
まずタイトルとなっている「貧賤抄」の意味を見る。
貧賤(ひんせん)
貧しくて身分が低いこと。また、そのさま。⇔富貴。
「抄」は「智恵子抄」などに使われているものと同じ意味だろう。辞書的には「長い文章の一部を抜き出したもの」というような意味の語である。合わせて「貧賤について短くまとめた詩」くらいの意味で良いかと考えられる。ちなみに信長貴富がつけた英語タイトルは「A Little Metaphor for Poorness」であり「貧賤についての少しの隠喩」と直訳できる。
ひらがな詩
第一印象として、すべてひらがなであることは気になる。ひらがなにすることの意味としては、田中(1988)が「全体をひらがなにすることによって漢字の持つ意味性を排除し、読者はまず詩のリズムに触れることになる。」と述べ、さらに「詩人はひらがな書きによって、それ(筆者注:意味を追い、内容を理解することを急ぐこと)を拒否し、リズムを追い、詩的イメージとリズムを切り離しがたいものとして干渉することを要求する。」としている。詩の形象化を重視した当時の暮鳥の作風が色濃く反映された作品であるといえる。
語の意味をとらえる
詩はいわゆる暮鳥の「聖ぷりずみすと」時代にかかれたものであり、意味的な解釈のアプローチで深めていくのは難しい(或いは無意味)と考えられるが、情景理解の助けとするために、ことばの意味も捉えておきたいと思う。
・こがらし:冬の到来を告げる強い北風
・つぶらめ:まるくて可愛らしい瞳
・くりすます:イエス・キリストの降誕と祝う祭。プレゼント(おくりもの)を交換する風習がある。
曲を読む
まずは、曲を大きく3つに分けて詩の展開を確認する。
~D
こがらし
こがらし
ひかりきらめくめ
いのちのめ
あみをはるのめ
こがらしのなかのめ
ひとつめ
そのつぶらめ
冒頭は「こがらし」をモチーフにしたスタッカートの音型で始まる。どちらかといえばこがらしの意味よりも「こ」「が」「ら」「し」という文字の響きを重視して作曲されている印象を受ける。そのいわば「スタッカートこがらし」はCの直前まで続いていく。尚、6小節目からはテナー系の2パートで「ひかりきらめくめ~こがらしのなかのめ」までの旋律が歌われている。Cからは「ひとつめ/そのつぶらめ/きらめくいのちのひとつめ/つぶらめ/こがらしのなかのめ」といった詩がアクセント中心でかなり強く歌われる。30小節目になると「スタッカートこがらし」が再開する。
E~G
こがらし
こがらし
ひかりきらめくめ
いのちのめ
あみをはるのめ
こがらしのなかのめ
(きらきら)
EはAと似たように進行する。Fに入ると「ひかりきらめくめ」特に「きらめくめ」をcresc.を伴いながらひたすら繰り返す。そしてGに入ると、まず「こがらし」がベルトーン的に歌われる。アクセントとスタッカートという変化をつけて2回歌われたのちに『雪景』でも見られる、原詩にない「きらきら」という詩が始まる。この場合は「きらめくめ」からのインスピレーションだろう。
H
にくたいのくりすますに(こがらし)
これがにくしみのおくりものだ。
Hに入るとTuttiで「にくたいのくりすますに」と歌われる。特に「くりすますに」は三回にわたって歌われるのでかなり強調されている。52小節目からはアクセントの音型で「こがらし」と歌われる。56小節目から「これがにくしみの/おくりものだ/おくりものだ」という詩が歌われ、幕を閉じる。
全体を通して
本作品も『雪景』と同様、音画的な作品であり、まさに「音のカタチを映像的に見せていく曲」であると考えられる。前述した通り「こがらし」という”風”を表現するのにあえてスラーなどではなくスタッカートを使用しているのは、「こがらし」という語の響きを重視しているからではないかと推測される。また、詩はmetaphorであり、直接の意味を考えるのではなく、何を例えたものなのかという方向からのアプローチが必要ではないだろうか。